今年も恒例の亥の子がありました。元々は猪の多産にあやかった子孫繁栄のお祭りだったそうですが,ここ瀬戸内地方では,子供達が五穀豊穣や無病息災を祈って各農家の庭を丸石で叩いて回り,祝儀を頂く行事として受け継がれています。
「きょうは,あいさつとお手伝いのできない奴には,おこずかいはないぞー!」「はーい。」
おはようございまーす。亥の子を搗きに来ましたー。
えーべっさんと大黒さん,いーちで俵踏ん張って,にーでにっこりわーろーて,さーんで酒を造って,四つ世の中良い様に,五ついつもの五徳なり,六つ無病息災に,七つ難事無い様に,八つ屋敷を広めたて,九つここに蔵を建て,十でとうとう治まった。繁盛せー,繁盛せー,繁盛せー。
鶯やー,鶯やー。三本松に巣を掛けて,12の卵を産み揃え,産んで揃えて発つときには,銀の杯くわえたり。繁盛せー,繁盛せー,繁盛せー。
ありがとうございましたー。
地元の人達に暖かく見守られて,子ども達は幸せです。
2012年10月29日月曜日
2012年8月16日木曜日
自然博物館
先日,次男が自由研究の体験学習に参加しました。チリメンジャコの中に10種類以上の生き物を見つけ瀬戸内海の豊かさに驚いた次男ですが,講師の大学生に勧められて今度は大学の自然博物館に行くことになりました。
博物館では里山,里海の仕組みがわかりやすく紹介されていました。戸棚を開くと電気がついて中の動物がわかる仕組みは,大人でもワクワクして,とても良い展示方法だと思いました。
写真は冬毛のテンです。
もっとも興味を引かれたのは,化石の展示です。恐竜の足跡や瀬戸内海に眠るナウマンゾウの巨大な化石は,人の歴史がごく短いことを教えてくれました。
次男が興味を持ったのは,ブラジルの恐竜のウンチの化石です。2億年前の化石だそうです。触ったあとに臭いを嗅いでいました。そして笑っています。今日は来てよかったと思いました。
そういえば中学生のとき,近くのほら穴で石炭の中に植物の化石を見つけてワクワクしたことを思い出しました。それらは5000万年前の化石だそうです。
そして人類の誕生は50万年前。その後5000年前から巨大文明は森林破壊のために次々に姿を消しては別の場所で発生し現在に至っている。らしいです。
身近な自然や遺跡を展示解説することで多くの人に興味を持ってもらえれば,自然の大切さが皆に伝わるかもしれません。わが町にも博物館が欲しいと思いました。
博物館では里山,里海の仕組みがわかりやすく紹介されていました。戸棚を開くと電気がついて中の動物がわかる仕組みは,大人でもワクワクして,とても良い展示方法だと思いました。
写真は冬毛のテンです。
もっとも興味を引かれたのは,化石の展示です。恐竜の足跡や瀬戸内海に眠るナウマンゾウの巨大な化石は,人の歴史がごく短いことを教えてくれました。
次男が興味を持ったのは,ブラジルの恐竜のウンチの化石です。2億年前の化石だそうです。触ったあとに臭いを嗅いでいました。そして笑っています。今日は来てよかったと思いました。
そういえば中学生のとき,近くのほら穴で石炭の中に植物の化石を見つけてワクワクしたことを思い出しました。それらは5000万年前の化石だそうです。
そして人類の誕生は50万年前。その後5000年前から巨大文明は森林破壊のために次々に姿を消しては別の場所で発生し現在に至っている。らしいです。
身近な自然や遺跡を展示解説することで多くの人に興味を持ってもらえれば,自然の大切さが皆に伝わるかもしれません。わが町にも博物館が欲しいと思いました。
2012年4月28日土曜日
京都の旅4
2日目は,JRで宇治の平等院に向かいました。
平安時代の木造建築です。屋根の形がとても鋭くて美しいと思います。
空を飛ぶ雲中菩薩52体もすばらしいと思いました。
ひと気のない小さな世界遺産,宇治上神社で気を高めます。日本最古の神社です。
源氏物語ミュージアムでは,平安時代の様々な女性を表現した小説であることを知りました。
昼ご飯は,錦市場で食べ歩きです。鯖寿司,串蛸,みたらし団子。生麩田楽,薩摩揚げ。
最後は,息子がどうしても行きたいと言うので,オープン直後の水族館に行きました。
満員御礼,夕方なのでなんとか入場できました。
水しぶきを浴びても,うれしいばかりの子供達です。
やっと帰って来ました。やっぱ,お家がほっとするー。そりゃ,ここが極楽ですから。
平安時代の木造建築です。屋根の形がとても鋭くて美しいと思います。
空を飛ぶ雲中菩薩52体もすばらしいと思いました。
ひと気のない小さな世界遺産,宇治上神社で気を高めます。日本最古の神社です。
源氏物語ミュージアムでは,平安時代の様々な女性を表現した小説であることを知りました。
昼ご飯は,錦市場で食べ歩きです。鯖寿司,串蛸,みたらし団子。生麩田楽,薩摩揚げ。
最後は,息子がどうしても行きたいと言うので,オープン直後の水族館に行きました。
満員御礼,夕方なのでなんとか入場できました。
水しぶきを浴びても,うれしいばかりの子供達です。
2012年4月24日火曜日
京都の旅3
哲学の道を歩いて来たのは南禅寺です。でかい。昔は大きな木がたくさんあったんでしょうか。
寺の奥には,今も現役の水路閣がありました。琵琶湖の水を発電や工業用水に使うために作られたそうです。境内の景観に留意した結果レンガ造りとしたなんて,すばらしいですね。わざわざ観光地を造るのではなく,コスト最優先でなく,必要なものを,必要な所に,景観を配慮して造ることが結局は末長く残っていくことになると感じました。
今日の最後は清水寺です。江戸時代の木造建築が未だに残っているのが不思議な気がします。50年で朽ちてしまう鉄筋コンクリートの建物や橋が次々と造られていくのは仕方のないことなのでしょうか。
帰り道では,品の良いお兄さんがいる八橋のお店,香りの良い唐辛子のお店,手焼きのきんつばのお店で買い物をしました。唐辛子と抹茶のきんつばは最高でした。
今日のお宿は緑風荘です。
おやつを食べる。お風呂に入る。おいしい京都の夕食を頂く。布団にころがってテレビを見る。
父さん,ありがとう。ここは天国じゃねー。
えー,ここが天国なら,いつもは何なの?
何って,極楽だろ!
翌朝,ロビーで京都市街の絵地図を見つけました。昨日の経路がとても良く解ります。
女将に聞いてみます。すいません,この絵地図はどこかで売っているでしょうか。さあ,どうでっしゃろ。本屋さんに売ってるかも知れまへんけど,もし,ありましたら送らして頂きますわ。いえいえ,結構ですよ。本屋さんで探してみます。ありがとうございます。
。
寺の奥には,今も現役の水路閣がありました。琵琶湖の水を発電や工業用水に使うために作られたそうです。境内の景観に留意した結果レンガ造りとしたなんて,すばらしいですね。わざわざ観光地を造るのではなく,コスト最優先でなく,必要なものを,必要な所に,景観を配慮して造ることが結局は末長く残っていくことになると感じました。
今日の最後は清水寺です。江戸時代の木造建築が未だに残っているのが不思議な気がします。50年で朽ちてしまう鉄筋コンクリートの建物や橋が次々と造られていくのは仕方のないことなのでしょうか。
帰り道では,品の良いお兄さんがいる八橋のお店,香りの良い唐辛子のお店,手焼きのきんつばのお店で買い物をしました。唐辛子と抹茶のきんつばは最高でした。
今日のお宿は緑風荘です。
おやつを食べる。お風呂に入る。おいしい京都の夕食を頂く。布団にころがってテレビを見る。
父さん,ありがとう。ここは天国じゃねー。
えー,ここが天国なら,いつもは何なの?
何って,極楽だろ!
翌朝,ロビーで京都市街の絵地図を見つけました。昨日の経路がとても良く解ります。
女将に聞いてみます。すいません,この絵地図はどこかで売っているでしょうか。さあ,どうでっしゃろ。本屋さんに売ってるかも知れまへんけど,もし,ありましたら送らして頂きますわ。いえいえ,結構ですよ。本屋さんで探してみます。ありがとうございます。
。
2012年4月11日水曜日
京都の旅2
金閣寺の次は北野天満宮に歩いて移動します。
途中の平野神社では猪やパンダが桜の咲くのを待っていました。
北野天満宮では多くの人が梅の香りを楽しんでいました。満開です。
バスに乗って銀閣寺入り口から歩きます。椿の通路が素敵です。
境内の寺院は大きくはないけれど,端正で力強さを感じます。
そして,銀閣寺と向月台のあるお庭です。ただ,美しい。
境内を隈なく巡る遊歩道は,押し寄せる観光客をさばくには効果的で良く計算されているように思いました。
川沿いに,哲学の道を南禅寺に向かいます。
道沿いの山は,スダジイなどの大木が茂る鬱蒼とした森でした。昔から樹木の伐採は禁じられていたのかもしれません。
止水弁のふたの上では野良猫が日向ぼっこをしています。そして猫を見ながら数人の観光客も日向ぼっこです。
この猫たちを見て,人は何を考えるでしょうか。
別に旅行なんてしなくてもにゃあ,地元の歴史を大事にすれば幸せになれるんじゃあにゃあの。
それに気づくための旅なのですよ。猫ちゃん。
途中の平野神社では猪やパンダが桜の咲くのを待っていました。
北野天満宮では多くの人が梅の香りを楽しんでいました。満開です。
バスに乗って銀閣寺入り口から歩きます。椿の通路が素敵です。
境内の寺院は大きくはないけれど,端正で力強さを感じます。
そして,銀閣寺と向月台のあるお庭です。ただ,美しい。
境内を隈なく巡る遊歩道は,押し寄せる観光客をさばくには効果的で良く計算されているように思いました。
川沿いに,哲学の道を南禅寺に向かいます。
道沿いの山は,スダジイなどの大木が茂る鬱蒼とした森でした。昔から樹木の伐採は禁じられていたのかもしれません。
止水弁のふたの上では野良猫が日向ぼっこをしています。そして猫を見ながら数人の観光客も日向ぼっこです。
この猫たちを見て,人は何を考えるでしょうか。
別に旅行なんてしなくてもにゃあ,地元の歴史を大事にすれば幸せになれるんじゃあにゃあの。
それに気づくための旅なのですよ。猫ちゃん。
2012年2月13日月曜日
大きな樹2
最近,車を運転していても大きな樹が気になっていけません。今日も県道の南側に大きな樹を見つけました。湯原神社です。
境内に入ると,それは力強く四方に枝を張った檜の大木でした。幹の直径は80cmです。
案内版によれば,湯原神社は230年前にこの地に再建されたようです。この檜も同じ時期に植えられたものでしょうか。古い石柱などは明治時代の寄進であることから,石垣造営により檜の根元が埋められていれば,本来の胸高直径はさらに太くなりそうです。
神社の入り口には,センダンの木が残っていました。45年前,幼稚園からの帰り道に大きな樹があったのを今でも覚えています。道路沿いのため何箇所も枝を切られています。それでもこの樹を大事にして下さった地元の方々,よく今日まで残してくださいました。ありがとうございます。直径は60cmありました。
境内に入ると,それは力強く四方に枝を張った檜の大木でした。幹の直径は80cmです。
案内版によれば,湯原神社は230年前にこの地に再建されたようです。この檜も同じ時期に植えられたものでしょうか。古い石柱などは明治時代の寄進であることから,石垣造営により檜の根元が埋められていれば,本来の胸高直径はさらに太くなりそうです。
神社の入り口には,センダンの木が残っていました。45年前,幼稚園からの帰り道に大きな樹があったのを今でも覚えています。道路沿いのため何箇所も枝を切られています。それでもこの樹を大事にして下さった地元の方々,よく今日まで残してくださいました。ありがとうございます。直径は60cmありました。
2012年2月12日日曜日
平家山に登山
今日はスキーの予定でしたが,家族療養のため延期となりました。
そこで前から気になっていた平家山の登山に挑戦です。
平家と言えば今話題の平清盛ですが,実家の近くにも平(たいら)さんがいます。龍泉寺には江戸時代に小泉城主に仕えた平氏の記録もあるそうです。
登山道がわからないので,比較的緩やかな地形の砂防ダムから登り始めました。5つ目のダムを越えると沢登りとなりましたが無事に尾根に到着,ここも高圧線の管理道となっていました。
東には白滝山から北に伸びる岩尾根が真正面に見えます。ここで少し休憩します。それにしてもシャシャンボにおいしいベリーが全く付いていません。最近の厳しい気候のせいでしょうか。
尾根を登り始めると左側から水の音が聞こえます。50mの滝が流れていました。平家の滝。勝手に命名します。それにしても急峻な岩山で1週間雨が降っていないのに水が枯れないのも不思議です。まるで南米ベネズエラ,テーブルマウンテンから流れ出すエンジェルフォールのようです。
更に登ると,標高200m左の絶壁の岩場にスダジイの大木を発見しました。直径60cmです。それも1本だけ。アラカシの低木はあっても,ほかにスダジイは全く見かけません。不思議です。近くでスダジイがあるのは宗長神社などの鎮守の森くらいです。遠い昔,このあたりはスダジイなどの照葉樹林に覆われていたのかも知れません。絶壁であるが故に伐採を逃れ,今日まで生き延びて来た。潜在自然植生の貴重な証拠でもあります。すばらしい宝です。
更に尾根を直登します。標高380m。なだらかな尾根の南端に平家山山頂はありました。
平家の滝の豊かな水は,この岩山にあって,山頂付近のなだらかな地形と自然の植物が蓄えているのでしょう。
そしてここには人が住める。水があり,畑もできる土があり,家を建てられる土地がある。瀬戸内海を行き交う舟を監視でき,400m近い標高は敵の侵入を防ぐことができる。近くの黒滝山同様,ここにも見張り小屋があったはずです。とすれば,逃げ延びた平家の子孫がここで何世代か静かに暮らし,その後,村人と交流が始まり,平家山と呼ばれるようになったのではないか。考えれば考えるほどワクワクしてきます。
1000年の時を経て,眼下には瀬戸内海が広がっています。周りはウバメガシの群落が優勢でした。
下山は,途中まで引き返し,急峻な東斜面をロープを伝いながら降りて行きました。
今回も発見の多い楽しい旅でした。ちょっと妄想が過ぎたかも知れませんが,今後は地元のお年寄りにもお話を聞いてみたいと思います。宮本常一のように。
そこで前から気になっていた平家山の登山に挑戦です。
平家と言えば今話題の平清盛ですが,実家の近くにも平(たいら)さんがいます。龍泉寺には江戸時代に小泉城主に仕えた平氏の記録もあるそうです。
登山道がわからないので,比較的緩やかな地形の砂防ダムから登り始めました。5つ目のダムを越えると沢登りとなりましたが無事に尾根に到着,ここも高圧線の管理道となっていました。
東には白滝山から北に伸びる岩尾根が真正面に見えます。ここで少し休憩します。それにしてもシャシャンボにおいしいベリーが全く付いていません。最近の厳しい気候のせいでしょうか。
尾根を登り始めると左側から水の音が聞こえます。50mの滝が流れていました。平家の滝。勝手に命名します。それにしても急峻な岩山で1週間雨が降っていないのに水が枯れないのも不思議です。まるで南米ベネズエラ,テーブルマウンテンから流れ出すエンジェルフォールのようです。
更に登ると,標高200m左の絶壁の岩場にスダジイの大木を発見しました。直径60cmです。それも1本だけ。アラカシの低木はあっても,ほかにスダジイは全く見かけません。不思議です。近くでスダジイがあるのは宗長神社などの鎮守の森くらいです。遠い昔,このあたりはスダジイなどの照葉樹林に覆われていたのかも知れません。絶壁であるが故に伐採を逃れ,今日まで生き延びて来た。潜在自然植生の貴重な証拠でもあります。すばらしい宝です。
更に尾根を直登します。標高380m。なだらかな尾根の南端に平家山山頂はありました。
平家の滝の豊かな水は,この岩山にあって,山頂付近のなだらかな地形と自然の植物が蓄えているのでしょう。
そしてここには人が住める。水があり,畑もできる土があり,家を建てられる土地がある。瀬戸内海を行き交う舟を監視でき,400m近い標高は敵の侵入を防ぐことができる。近くの黒滝山同様,ここにも見張り小屋があったはずです。とすれば,逃げ延びた平家の子孫がここで何世代か静かに暮らし,その後,村人と交流が始まり,平家山と呼ばれるようになったのではないか。考えれば考えるほどワクワクしてきます。
1000年の時を経て,眼下には瀬戸内海が広がっています。周りはウバメガシの群落が優勢でした。
下山は,途中まで引き返し,急峻な東斜面をロープを伝いながら降りて行きました。
今回も発見の多い楽しい旅でした。ちょっと妄想が過ぎたかも知れませんが,今後は地元のお年寄りにもお話を聞いてみたいと思います。宮本常一のように。
2012年2月5日日曜日
穀神講のお祀り
今日は地元講中(こうじゅ)10軒による穀神講(こうじんこう)の祭祀の日でした。
まず,地元の小さな福村神社で神主さんに祝詞をあげていただきます。毎年寒さが厳しい時期でつらい30分ですが,穀神講の歴史などを教えていただけるので楽しみでもあります。
穀神講は豊作を祈念する祀りですが,元々の荒神は,悪者を仏教に帰依させ守護神としたもので,その後火の神,かまどの神様として家を災難から守ることに,さらに農作物を自然災害から守る神として主に瀬戸内地方で多く祀られてきたそうです。
そういえば,隣町の実家では穀神講はないけれど,正月明けにお寺さんが配られた火の神様の御札を台所の柱に貼っていたのを思い出しました。少しずつ繋がっていくのがおもしろいですね。
その後は集会所に集まって新年会です。
話は最近の葬儀の反省から始まり,槙野天神について私が切り出すと槙野さんもご存知なかったり,隣の地区には丸山天神があるが丸山さんはその昔ここに引っ越して来たらしいが関係ありそうでよくわからないなど,ワクワクする話が出てきて楽しいひと時を過ごすことができました。
天神さんも元々は自然災害の神で,菅原道真が流された頃に自然災害が頻発したため神として祀り,後には勉学の神として,子孫の学力向上を願って建てられたものと知りました。
昔も今も子供の成長を願う気持ちは変わらないのですね。
まず,地元の小さな福村神社で神主さんに祝詞をあげていただきます。毎年寒さが厳しい時期でつらい30分ですが,穀神講の歴史などを教えていただけるので楽しみでもあります。
穀神講は豊作を祈念する祀りですが,元々の荒神は,悪者を仏教に帰依させ守護神としたもので,その後火の神,かまどの神様として家を災難から守ることに,さらに農作物を自然災害から守る神として主に瀬戸内地方で多く祀られてきたそうです。
そういえば,隣町の実家では穀神講はないけれど,正月明けにお寺さんが配られた火の神様の御札を台所の柱に貼っていたのを思い出しました。少しずつ繋がっていくのがおもしろいですね。
その後は集会所に集まって新年会です。
話は最近の葬儀の反省から始まり,槙野天神について私が切り出すと槙野さんもご存知なかったり,隣の地区には丸山天神があるが丸山さんはその昔ここに引っ越して来たらしいが関係ありそうでよくわからないなど,ワクワクする話が出てきて楽しいひと時を過ごすことができました。
天神さんも元々は自然災害の神で,菅原道真が流された頃に自然災害が頻発したため神として祀り,後には勉学の神として,子孫の学力向上を願って建てられたものと知りました。
昔も今も子供の成長を願う気持ちは変わらないのですね。
2012年1月26日木曜日
大きな樹1
先日の散歩では,身近な大木に地元の歴史を感じることができました。もっとあるはずだと思い,近くのお寺やお社を探してみることにしました。
ここは,常円寺という地区の小さなお社です。大きな栂(つが)の木が2本あります。1本は直径80cm,もう1本は50cmです。周りに栂の木はないので戦後に植えられたものかも知れません。他にも株周り80cmの萌芽した銀木犀や30cmのもっこくがありました。近所の人に聞くと,隣の大久保さんが管理する天神さんのようです。
大昔この近くに常円寺というお寺があったのでしょうが,今は何も残っていないのが残念です。
次に,楽音寺地区の楽音寺に来ました。ありました。参道の石段の両側に3本の杉の木です。直径は1mありました。この寺は平安時代(950年頃)藤原氏によって建立され,1598年桃山時代に再建されたそうです。杉の木も400年位は経ていると思われます。近くに樫の木もありましたが直径は70cmでした。
最後は近くの公園です。銀杏の木が高さ3mで切られています。直径は60cmです。
隣では二ノ宮金次郎さんが薪を背負いながら勉強中で,昭和48年尋常小学校100年記念の石碑がありました。140年前の小学校跡だったんですね。
ここは,常円寺という地区の小さなお社です。大きな栂(つが)の木が2本あります。1本は直径80cm,もう1本は50cmです。周りに栂の木はないので戦後に植えられたものかも知れません。他にも株周り80cmの萌芽した銀木犀や30cmのもっこくがありました。近所の人に聞くと,隣の大久保さんが管理する天神さんのようです。
大昔この近くに常円寺というお寺があったのでしょうが,今は何も残っていないのが残念です。
次に,楽音寺地区の楽音寺に来ました。ありました。参道の石段の両側に3本の杉の木です。直径は1mありました。この寺は平安時代(950年頃)藤原氏によって建立され,1598年桃山時代に再建されたそうです。杉の木も400年位は経ていると思われます。近くに樫の木もありましたが直径は70cmでした。
最後は近くの公園です。銀杏の木が高さ3mで切られています。直径は60cmです。
隣では二ノ宮金次郎さんが薪を背負いながら勉強中で,昭和48年尋常小学校100年記念の石碑がありました。140年前の小学校跡だったんですね。
2012年1月23日月曜日
龍泉寺への道
天気が良いので午後から白滝山に登る事にしました。
息子を誘いますが,乗ってきません。仕方ありませんが,これで道なき道,ボルダリングもできることになりました。ザックに鉈とみかん,アルチメーターを入れ,足元を固めて愛車で出発です。
我が家の標高30m,麓の駐車場40m,今日はいつもと違い,旧参道を登ります。頂上までは2kmだそうです。
参道脇ではお地蔵さんが道案内をしてくれます。ここは4丁目,豊田屋さんの寄進です。江戸時代のものでしょうか。参道脇はどこまでもきれいに整備されています。柿の木も伐採後きれいに束ねられていました。私も見習わないといけません。
砂防ダムに着きました。昭和50年の工事です。40年代の水害を思い出します。
すぐ隣で,リョウブとヤブ椿の林に気がつきました。これほどのリョウブがあるのは植林されたのでしょうか。徐々にヤブ椿の林に変わってゆくのでしょう。
更に上流では,鬱蒼としたヤブ椿の萌芽林が現れました。直径30cm3本の萌芽です。
山頂直下の険しい参道では,タガネで割った花崗岩がいくつも見られます。
無事,尾根にたどり着き,龍泉寺に到着です。お地蔵さん,ありがとうございました。
今日は日曜日ですが,住職の道育(Duwick)さんはお留守のようです。法事でお忙しいのかも知れません。
8畳岩の磨崖佛を拝みながら,寄進者の名前を読みます。寄進者が足りなかったのか,空欄が目立ちます。いつの時代もお金集めは苦労するのでしょう。江戸時代の制作らしいです。
磨崖佛の上は,南に傾く8畳岩の展望台です。ここでみかんを5つ食べました。サイコーにうまかった。視界360度,寝っころがって気分爽快,間違いなし。
麓からここまで2km,標高差300m,1時間のお参りでした。
帰りは,一部険しい北尾根をボルダリングしながら下ります。
途中で,しゃしゃんぼの実を発見しました。写真左上の木です。40年ぶりの味は正にブルーベリーでした。ぜひともこれを品種改良して欲しいですね。常緑のブルーベリーは日本の財産だと思います。
自宅に帰ると上の息子が勉強していました。そういえば今日は高校受験でした。すっかり忘れてました。明日からは期末テストらしいです。頑張ってください。
息子を誘いますが,乗ってきません。仕方ありませんが,これで道なき道,ボルダリングもできることになりました。ザックに鉈とみかん,アルチメーターを入れ,足元を固めて愛車で出発です。
我が家の標高30m,麓の駐車場40m,今日はいつもと違い,旧参道を登ります。頂上までは2kmだそうです。
参道脇ではお地蔵さんが道案内をしてくれます。ここは4丁目,豊田屋さんの寄進です。江戸時代のものでしょうか。参道脇はどこまでもきれいに整備されています。柿の木も伐採後きれいに束ねられていました。私も見習わないといけません。
砂防ダムに着きました。昭和50年の工事です。40年代の水害を思い出します。
すぐ隣で,リョウブとヤブ椿の林に気がつきました。これほどのリョウブがあるのは植林されたのでしょうか。徐々にヤブ椿の林に変わってゆくのでしょう。
更に上流では,鬱蒼としたヤブ椿の萌芽林が現れました。直径30cm3本の萌芽です。
山頂直下の険しい参道では,タガネで割った花崗岩がいくつも見られます。
無事,尾根にたどり着き,龍泉寺に到着です。お地蔵さん,ありがとうございました。
今日は日曜日ですが,住職の道育(Duwick)さんはお留守のようです。法事でお忙しいのかも知れません。
8畳岩の磨崖佛を拝みながら,寄進者の名前を読みます。寄進者が足りなかったのか,空欄が目立ちます。いつの時代もお金集めは苦労するのでしょう。江戸時代の制作らしいです。
磨崖佛の上は,南に傾く8畳岩の展望台です。ここでみかんを5つ食べました。サイコーにうまかった。視界360度,寝っころがって気分爽快,間違いなし。
麓からここまで2km,標高差300m,1時間のお参りでした。
帰りは,一部険しい北尾根をボルダリングしながら下ります。
途中で,しゃしゃんぼの実を発見しました。写真左上の木です。40年ぶりの味は正にブルーベリーでした。ぜひともこれを品種改良して欲しいですね。常緑のブルーベリーは日本の財産だと思います。
自宅に帰ると上の息子が勉強していました。そういえば今日は高校受験でした。すっかり忘れてました。明日からは期末テストらしいです。頑張ってください。
2012年1月22日日曜日
散歩で見つけた大木
今日は朝から暖かく,いい天気です。久しぶりに息子と一緒に散歩に出かけました。
400m歩いたところ,道路の右上に小さな神社があり,石柱には安政2年と彫ってあります。160年前です。境内には大きなアラカシが1本生えていました。直径約1mです。
近所の人に話を伺いました。このお社は槙野天神と言い,元々お隣の槙野さんの近くにあったものが,まだ近くに家のなかったここに移設されたものらしく,今も槙野さんが管理されているとのことでした。もう1本あったアラカシは枝が落ちて危険なため,いつの頃か伐採されたそうです。
150年で直径1mにもなるのでしょうか。近くの弁海神社にもこれほどの大木はありません。
ただ心配なのは樹冠に葉が少なく,弱っているように見えることです。周囲がきれいに草刈され,日当たりがよく乾燥しすぎているようにも思いました。今後は時々寄ってみようと思います。
更に近所の人によると,すぐ隣にお地蔵さんがあり,当時の庄屋で今はない坂本や,近所の槙野さん,矢原さんの名前が書いてあるとのことでした。歴史を感じますね。
槙野天神を後にして200m歩くと,右上に福村神社があります。ここには大きな楠があります。昨年の夏,この楠が見えるように竹を伐採したので近づけるようになりました。幹が途中で二又に分かれていますが直径は90cm位あります。100年以上は経っているでしょうか。でも楠としては若い方です。糸崎神社にはかないませんね。
100年後もこのままに,大きく成長することができるでしょうか。そういえば来月の地区のお参りでは我が家が当番です。しめ縄ができるか相談してみようと思います。
400m歩いたところ,道路の右上に小さな神社があり,石柱には安政2年と彫ってあります。160年前です。境内には大きなアラカシが1本生えていました。直径約1mです。
近所の人に話を伺いました。このお社は槙野天神と言い,元々お隣の槙野さんの近くにあったものが,まだ近くに家のなかったここに移設されたものらしく,今も槙野さんが管理されているとのことでした。もう1本あったアラカシは枝が落ちて危険なため,いつの頃か伐採されたそうです。
150年で直径1mにもなるのでしょうか。近くの弁海神社にもこれほどの大木はありません。
ただ心配なのは樹冠に葉が少なく,弱っているように見えることです。周囲がきれいに草刈され,日当たりがよく乾燥しすぎているようにも思いました。今後は時々寄ってみようと思います。
更に近所の人によると,すぐ隣にお地蔵さんがあり,当時の庄屋で今はない坂本や,近所の槙野さん,矢原さんの名前が書いてあるとのことでした。歴史を感じますね。
槙野天神を後にして200m歩くと,右上に福村神社があります。ここには大きな楠があります。昨年の夏,この楠が見えるように竹を伐採したので近づけるようになりました。幹が途中で二又に分かれていますが直径は90cm位あります。100年以上は経っているでしょうか。でも楠としては若い方です。糸崎神社にはかないませんね。
100年後もこのままに,大きく成長することができるでしょうか。そういえば来月の地区のお参りでは我が家が当番です。しめ縄ができるか相談してみようと思います。
2012年1月2日月曜日
初詣は50年前の競馬場
仕事の都合で今日が初詣です。
まずは地元,弁海神社にお参りしました。石段は94段です。鎌倉時代から続く由緒ある神社ですが誰もいません。ちょっとさみしいです。7年前お神酒をお供えしたときは5合位減っていたのを思い出しました。続けていればお参りの人も増えるかも知れません。来年は再度お神酒をお供えしようと思います。
次は毎年,秋祭りで神主さんにお世話になっている橘神社にお参りしました。いつもは車で上がりますが今年は下から石段を上がります。167段ありました。休憩しながら上がります。周りはアラカシの森です。萌芽のため1株で4・5本の幹が直径50cmに育っています。鎮守の森にもかかわらず60年位前に伐採されたのでしょうか。そういえば大好きなマルイチ・ストアに,はげ山ばかりの戦後の航空写真が展示されていたのを思い出しました。
神社では,早く上がった息子たちが神主さんのお払いを受けています。えっ,参拝者全員をお払いして下さるんだ。一人遅れてお手数をかけ,申し訳ありませんでした。
掲示板によれば,この神社は平安時代の880年から続く由緒ある神社だそうです。
簡素な境内に,ブロンズのりっぱな馬が奉納されていました。石碑に昭和32年競馬場が作られたことが記録されています。へ~,こんな田舎に競馬場があったんだ。りっぱなブロンズ像からは,多くの人々が集まり,多くのお金が戦後復興に活用されたことが想像されました。
今こそは,全てのギャンブルを真っ当な,利益を途中でピンハネしない,全額東北復興に当てるギャンブル,宝くじにできればいいなと思いました。
まずは地元,弁海神社にお参りしました。石段は94段です。鎌倉時代から続く由緒ある神社ですが誰もいません。ちょっとさみしいです。7年前お神酒をお供えしたときは5合位減っていたのを思い出しました。続けていればお参りの人も増えるかも知れません。来年は再度お神酒をお供えしようと思います。
次は毎年,秋祭りで神主さんにお世話になっている橘神社にお参りしました。いつもは車で上がりますが今年は下から石段を上がります。167段ありました。休憩しながら上がります。周りはアラカシの森です。萌芽のため1株で4・5本の幹が直径50cmに育っています。鎮守の森にもかかわらず60年位前に伐採されたのでしょうか。そういえば大好きなマルイチ・ストアに,はげ山ばかりの戦後の航空写真が展示されていたのを思い出しました。
神社では,早く上がった息子たちが神主さんのお払いを受けています。えっ,参拝者全員をお払いして下さるんだ。一人遅れてお手数をかけ,申し訳ありませんでした。
掲示板によれば,この神社は平安時代の880年から続く由緒ある神社だそうです。
簡素な境内に,ブロンズのりっぱな馬が奉納されていました。石碑に昭和32年競馬場が作られたことが記録されています。へ~,こんな田舎に競馬場があったんだ。りっぱなブロンズ像からは,多くの人々が集まり,多くのお金が戦後復興に活用されたことが想像されました。
今こそは,全てのギャンブルを真っ当な,利益を途中でピンハネしない,全額東北復興に当てるギャンブル,宝くじにできればいいなと思いました。
2011年12月25日日曜日
神社の清掃
今日は朝から地元神社の年末清掃です。
この神社には古い文書が残されており,鎌倉時代には源氏が名主として管理していたそうです。
神社の周囲にはうっそうとした照葉樹の森が残っており,その大量の落ち葉とどんぐりを清掃するのが私たちの務めです。
朝8時30分の気温が0度,天候晴れ。凍りついた本殿の清掃が終わり,長い石段を掃きながら降りてゆくと,正面から暖かい日差しに包まれました。そして目の前に広がる田園風景。
そういえば,近所の名物おじいさんが以前,教えてくれたことを思い出しました。
「安曾田(我が家の屋号)裏山山頂の畑の中の丘は昔の古墳で,だれだれが宝を盗んだんだ。」
近くの山陽街道沿いには有名な古墳や平安時代の寺院遺跡があります。
室町時代の文書には,いつもお世話になっている槙野,神田,矢原氏の名前が残っています。
こじんまりとしたこの地で500年,1000年以上も生活が営まれてきたことを思うと,これからもこの神社を大切に引き継いでゆくことが自然なことに思えてきます。
この神社には古い文書が残されており,鎌倉時代には源氏が名主として管理していたそうです。
神社の周囲にはうっそうとした照葉樹の森が残っており,その大量の落ち葉とどんぐりを清掃するのが私たちの務めです。
朝8時30分の気温が0度,天候晴れ。凍りついた本殿の清掃が終わり,長い石段を掃きながら降りてゆくと,正面から暖かい日差しに包まれました。そして目の前に広がる田園風景。
そういえば,近所の名物おじいさんが以前,教えてくれたことを思い出しました。
「安曾田(我が家の屋号)裏山山頂の畑の中の丘は昔の古墳で,だれだれが宝を盗んだんだ。」
近くの山陽街道沿いには有名な古墳や平安時代の寺院遺跡があります。
室町時代の文書には,いつもお世話になっている槙野,神田,矢原氏の名前が残っています。
こじんまりとしたこの地で500年,1000年以上も生活が営まれてきたことを思うと,これからもこの神社を大切に引き継いでゆくことが自然なことに思えてきます。
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